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【書評】「戦争特派員」−ニコラス・ランキン [8/18]

1 : ◆Robo.gBH9M @ロボ-7c7cφ ★:2008/08/19(火) 09:18:39 ID:???
■強者の横暴に警鐘鳴らす
イギリスのパブリック・スクールや大学を訪れると、講堂の壁などに必ず掲げられているものがある。
戦死した卒業生の名を刻んだ記念碑だ。本著の主人公、ジョージ・スティアの名前もその中にある。
名門ウィンチェスター校と、オックスフォード大学にである。

スティアは華麗な学歴を引っさげて新聞記者になり、第2次大戦に至る時代に貴重な取材を体験した。
やがて英国軍人に転身し、戦火をくぐった。軍人としての活躍ぶりは、第1次大戦のアラビアの
ロレンスを思わせる。こんな記者がイギリスにいたとは――。その人生を綴ったノンフィクションが
本著だ。

英ザ・タイムズの契約特派員となったスティアが最初に赴任したのはエチオピア。1935年のことだ。
ムソリーニ率いるイタリアがエチオピアの植民地化を狙って侵略を始める。イタリア空軍は毒ガス弾を
投下していた。この事実をすっぱ抜き、国際的な非難を呼び起こすのだ。スティアはエチオピア
皇帝ハイレ・セラシエと親交を結び、個人的に支援するまでになる。

次に赴任したのがスペインだ。そこで1937年4月のゲルニカ空爆に遭遇する。その時の記事も
大きな反響を呼び、ピカソが怒りを込めて、大作「ゲルニカ」を描くのである。

スティアがこだわったのは、徹底した反全体主義の立場だ。フィンランドへのソ連軍の侵攻も
取材するが、常に弱者の側に立ち、報道を通じて強者の横暴に警鐘を鳴らし続けた。当時の
国際関係にも強い影響を与えたという。

それにしても、スティアは強運な記者だ。いくら特派員といっても、そうそう歴史的な場面に
出会うものではない。運命に導かれた男ということなのだろう。同業者である書評子としては、
実にうらやましい限りである。

著者は英国のテレビプロデューサーだ。ゲルニカ爆撃の特集番組を製作する際、スティアの
存在を知り、本著を書き上げた。塩原通緒訳。評・榧野信治(本社論説副委員長)

◇Nicholas Rankin=BBCラジオの番組制作で国連の二つの賞を受賞。

(2008年8月18日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20080818bk02.htm


2 :七つの海の名無しさん:2008/08/19(火) 09:29:48 ID:C4T1zdyc
ニダ

3 :七つの海の名無しさん:2008/08/19(火) 09:31:50 ID:WyfDXUpE
ニコニコ・ランキング

4 :七つの海の名無しさん:2008/08/19(火) 09:57:06 ID:DtVoVTI6
強運なのに戦死
それだけ危険な場所ばかりにいたわけですね
ロバート・キャパもオマハビーチ上陸の現場にいたらしいし

5 :七つの海の名無しさん:2008/08/19(火) 09:58:32 ID:tmtiPIMH
日本の戦争記者に東大出っているの?

6 :七つの海の名無しさん:2008/08/19(火) 19:24:33 ID:B+PZaGws
>>5
そもそも日本人の戦争記者ってどれくらいいるんだ?

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